福島県の伝統工芸「奥会津編み組細工」
今回、名物探偵Xがご紹介するのは、福島県の伝統工芸「奥会津編み組細工」です。
「奥会津編み組細工」は、植物の蔓や皮を利用した編み組細工で、代表的なものに「ヒロロ細工」、「山ブドウ細工」、「マタタビ細工」の3種類があります。
「ヒロロ細工」は、「ヒロロ」と呼ばれる「ミヤマカンスゲ」を主な材料としたもの。
手さげ籠などの製品があります。
編み目が細かいので、レース編みのような美しさの中に素朴さが垣間見えるのが特徴。
「山ブドウ細工」は、山ブドウの蔓の皮を材料にした工芸品で、やはり手さげ籠などが作られています。
山ブドウの皮は使い込むほどツヤが出るのが魅力です。
「マタタビ細工」は、マタタビの蔓を使って作られています。
ザルなどの炊事用具として昔から用いられてきました。
水切れが早く、水分を含むとしなやかになるため、使い勝手が良いと評判です。
福島県は全国でも有数の豪雪地帯なため、冬の間の仕事として、受け継がれてきたのが、この「奥会津編み組細工」でした。
昭和47年頃から町主催で展示会を行うなどし、支援を続けてきた結果、地域住民にも浸透。
現在では100名を超える工人がいるそうです。
炊事用具はもちろんのこと、手さげ籠もおしゃれでかわいらしいデザインのものもたくさんあります。
2012年02月29日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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福島県浜通りの「大堀相馬焼」
名物探偵Xがお届けしている全国の名産品。
今回ご紹介するのは、福島県浜通りの窯元で焼かれているの「大堀相馬焼」(おおぼりそうまやき)です。
「大堀相馬焼」は単に「相馬焼」とも呼ばれています。
その歴史は江戸時代に遡り、元禄年間に相馬藩士の半谷休閑が地元で陶土を発見したのがきっかけだったと言われています。
下男の左馬に命じ、日用雑器が焼かれ始めたのだとか。
浜通り北部のかつての相馬藩領は、「相馬野馬追」の伝統があります。
「相馬野馬追」は相馬市を始めとする福島県浜通り北部の旧相馬藩領で行われる神事、及び祭り。
藩主相馬一族の家紋から、陶器の絵柄に馬をつなぎとめる「繋ぎ駒」や、馬が駆けている「走り駒」が工夫されていることから縁起物として好まれています。
相馬市の「相馬駒焼」がもっぱら藩への献上品として親しまれていた一方で、この「大堀相馬焼」は大衆向けの陶器として利用されていました。
明治に入る頃には一時期衰えましたが、昭和に再興。
1978年には国の伝統的工芸品の指定を受けました。
陶器の特徴として、「青ひび」があります。
器に広がるひびのことで、鉄分を含んだ釉薬を使い、ひびに墨を塗り込むために黒く見えるものです。
また、「二重焼」によって、「大堀相馬焼」の湯呑みは冷めにくい言われています。
2012年02月22日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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福島県の陶器陶磁器「会津本郷焼」
全国の名産品などをリサーチしている名物探偵Xです。
今回、私が調査してみたのは、福島県の陶器陶磁器「会津本郷焼」です。
「会津本郷せと市」が毎年8月第一日曜日に開かれています。
「会津本郷焼」は、1593年、領主の蒲生氏郷の求めで薩摩国から瓦工を呼び、「鶴ヶ城」の屋根瓦を製造させたのが始まりだと言われています。
17世紀中頃には藩主の保科正之が瀬戸から陶工の水野源左衛門が呼び寄せ、本格的に焼き物の基礎をこの地に築いたそうです。
さらに1800年には有田や京都で学んだ佐藤伊兵衛が磁器の製法を持ち込み、今の「会津本郷焼」の原型が完成しました。
現在は同じく福島県の「大堀相馬焼」に次いで東北2位の規模を誇る窯元です。
1993年には通商産業省から伝統的工芸品産地としても指定されました。
特徴的なのは、「会津本郷焼」で使われる「飴釉」です。
「飴釉」は名前の通り飴色で光沢を持っている釉薬。
この「飴釉」を使った代表的な陶器が「鰊鉢」と呼ばれるもので、古くからニシンの山椒漬けに使われてきました。
また、磁器を製作している窯元も多く残っています。
現在まで伝わる伝統工芸を残した領主たちは、間違いなく名君であったと言わざるおえないでしょう。
2012年02月15日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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福島県会津地方に伝わる「会津漆器」
このたび、私、名物探偵Xがお届けするのは福島県会津地方に伝わる伝統工芸品「会津漆器」です。
国の伝統工芸に指定されており、歴史的には青森県「津軽塗」や石川県の「輪島塗」よりも早くから盛んに作られていました。
「螺鈿」や「蒔絵」など多岐にわたる技法が用いられるのが特徴です。
「螺鈿」は、貝殻の内側にある虹色の光沢を持った真珠層を利用した細工です。
真珠層を切り出した板状の貝殻のかけらを漆地や木地の彫刻さ部部にはめ込む手法。
「蒔絵」は漆器の表面に漆で絵や文様などを描き、それが乾かないうちに金銀の粉を”蒔いて”定着させる技法です。
木材は、トチ、ケヤキ、サクラなど使われています。
そんな「会津漆器」の歴史は16世紀後半に始まったと言われています。
当時の領主であった蒲生氏郷が、近江国日野から「日野椀」の木地師と塗師を招き、会津漆器の基礎を作り上げたのだとか。
1630年頃には、漆器の製造が盛んになったことから江戸へも届けられていたようです。
それから30年ほど経つと、すぐに大規模な産業に発展。
会津藩政時代には、技術革新に熱心に取り組み、中国やオランダなどへも輸出されていたそうです。
その後、明治維新では大きな打撃を受けた「会津漆器」でしたが、産地としての復興には素早さがありました。
2012年02月10日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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